東京のんびりスポット研究所

のんびりした暮らしについてのブログ。

【西日本豪雨】きっとそのうち元の町に戻るんじゃないかな

先日発生した西日本豪雨は日本各地に甚大な被害をもたらした。

僕の実家は岡山県倉敷市真備町にあり、ここは今回の豪雨で特に被害が大きかった地域だ。

前の記事で転職面接を受けたことを書いたんだけど、この次の日に実家に帰った。

 

kailagi.hatenablog.com

 


僕は前日(7月13日)岡山駅近くのビジネスホテルに泊まっており、この日(7月14日)は朝8時過ぎに起きた。実家へは電車+徒歩で行くので、さっさと身支度を済ませて岡山駅へ向かった。岡山駅から真備町へは、岡山駅発のJR伯備線(はくびせん)に乗り、30分ほどかけて清音(きよね)駅という駅まで行き、そこから徒歩で行く。

 

岡山駅に着いて時刻表を見ると、JR伯備線の本数は元々は30分に一本くらいだけど、この時は1時間〜1時間半に一本になっていた。電車の待ち時間は駅構内のすき家で牛丼(並)を食べて過ごした。

 

そして電車に乗り、清音駅に着くと、そこには作業着を着て大荷物を持った人が大勢いた。きっと真備町へ災害支援へ行くボランティアの人たちだったのだろう。

 

駅から実家までは歩いて向かった。この日は、というかこの日もめちゃくちゃ暑く、ただ歩いているだけで汗が大量に出てきた。清音駅から真備町へ行くためには、川辺橋という橋を渡る必要があり、この橋が結構長い。正直これを渡りきる段階でもうばててきた。

 

ちなみに真備町内にあるスーパー「ディオ真備店」が浸水被害にあってからわずか一週間で営業再開したのだが、その時にアドバルーンを飛ばしており、それが川辺橋を渡っている時に見ることができた。

 

togetter.com

 

 

 

 

清音駅から出て川辺橋を渡りきると真備町に入ることができる。真備町の入り口には以下の写真のようなものが建っている。

 

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また被害が大きかった箇所の道路沿いには行き場を失った荷物が積み上げられており、独特な匂いや砂埃を上げていた(以下の写真のように道路沿いにゴミが積まれている光景がずっと続いていた)。

 

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また真備町にはゴミ焼却場が一つしかなく、出たゴミの処理がまだうまく行っていないようで、学校の校庭やスーパー・コンビニの駐車場などの広いスペースに積み上げられていた。

 

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さて、今回の豪雨で倉敷市真備町の被害が大きかったことはニュースでも何度も報道されていることだけど、僕の実家はたまたま少し高い場所に建っており、実は大して被害にあっていない(周囲の家は被害が大きかったのだが)。水害にあったのも、車庫や庭止まりで、床上浸水まではしていない。被害としては両親の車が浸水で故障したことと、床下浸水した程度だ。

 

僕が実家に帰った頃(洪水発生から約一週間後)の実家の状況は、電気は完全に復旧、水道は日中帯のみ復旧、水没した車の代わりに代車あり、水や食料は行政支援や隣町のスーパーなどから入手済みと、かなり復興していた。

 

洪水被害の片付けや被災証明等の手続きは既に両親が済ませており、僕が実家に帰った時は洪水被害の片付けのついでに冬物の片付けをしている状況だった(コタツホットカーペットをしまうのを手伝った)。

 

また家の中の被害は無かったのだが、庭や車庫に土砂が入ってきているので、それを掻き出す作業も行なった。また近所の人の車庫の片付けなども手伝っていた。

 

しかし作業をしているととにかく暑い!ニュースでも災害ボランティアの人が何人も熱中症で倒れたと報道していたが、それも当然と頷ける。僕は車庫の中(日陰)で土砂の掻き出しという軽作業ですら暑い!と感じたのだから、日向に出て家具などの荷物を運び出している人はどれほど大変なんだろうと、恐ろしくなってきた。

 

 

 

実家周辺の片付けが一段落した後に、真備町の状況を見てみようと軽く回ってみたが、やはり僕の実家は特別に軽かっただけで、町全体は大きな被害を受けていた。

 

住宅は最低でも1階部分が浸水、ひどければ屋根まで浸水していた。1階部分が浸水すると2階部分の床が抜けやすくなりそのままでは住めなくなるようで、被害にあった人は、立て直すか、引っ越すか選択をしなければいけない。

 

家を失った人の中には、隣町に親戚が住んでいるので一時的に身を寄せているという人も多い。また車や物資などを近くに住んでいる親戚・友人に手配してもらうことも珍しくない。非常時の助け合いの強さは田舎コミュニティの良いところかもしれない。

 

自分の生まれ育った町がゴミで溢れており、ボロボロの家が並び、また自衛隊の災害車両が行き来していると、なんとも言えない気持ちになる。

 

しかし先に上げたスーパー「ディオ真備店」の営業再開や、全国から訪れてくれるボランティアの人々を見ていると、被害が大きい中でも徐々に復興に向かっている気がしてくる。すぐにとは言わないけど、きっとそのうち元の町に戻るんじゃないかなと思った。