東京のんびりスポット研究所

のんびりした暮らしについてのブログ

楽しい飲み会とは?

 

 こんにちは、カイラギです。

 この前会社の同期の飲み会に参加した。

 同期飲みというのは入社以来何度も参加してきたが、その場での話題はほぼ100%仕事の話である。その仕事の話の内容はだいたい愚痴である。

 なぜ人は仕事の場を離れても仕事の話をしたがるのか。

 それはきっと仕事以上の共通の話題が無いからではないか? 

 その日集まった同期は趣味も違えば、金銭感覚も違う。生きてきた環境も違うわけだし、性格や価値観も当然ながら違う。そんな人たちが集まって手っ取り早く会話をしようとすれば、共通の話題として仕事の話をし出すのは当然の流れか。

 仕事の話の他には「下ネタ・エロ」「彼女欲しい」「(日々がつまらないから)何か楽しいことがしたい」みたいな話題をループする。

 その飲み会の場で、仕事以外の話を振ってみても意外と盛り上がらないのだ。というもの皆毎日毎日仕事に追われているから、仕事以外の生活の進歩が乏しく、結局日々アップデートされている最新の仕事の話題こそ一番盛り上がる結果になるのだ。

 平日は仕事をし、プライベートの飲み会でも仕事の話題で盛り上がる。これが会社員なのだろうか? 

 ■重要なのは話題ではない

 
 だがこう言ってはいるが、別に僕は飲み会で仕事の話をすること自体が嫌いなわけではない。会社の飲み会に何度か参加して分かったけど、その飲み会が楽しいかどうかは、話題ではなく参加者なのだ。つまり好きな人との飲み会は何を話しても楽しいし、好きでない人との飲み会は何を話してもつまらない。気の合う同期となら、仕事の話を延々と話していても楽しいし、気の合わない人なら仕事の話をしようがしまいが楽しくないのだ。

 つまり飲み会は、行きたいものには参加して、行きたくないものには参加しないのが一番楽しめる。当たり前のことだが。

 あ~、そうは言っても、やっぱり飲み会で仕事の話題しかないってのはつまらない。みんな「仕事辛い」「仕事辞めたい」とか愚痴を言いながら毎日仕事してるわけだし、結局みんな仕事好きなのかな、僕も含めて。

ツンデレポメラニアン

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今年の初め頃、勢いでポメラDM200を買った。

 ポメラDM200とは何か、詳しくは以下のメーカーサイトを見ていただきたいのだが、簡単に言えば、「テキスト入力機能のみを持ったミニPCみたいなもの」もっと言えば「ミニワープロ(印刷機能なし)」である。

www.kingjim.co.jp

 外出先でも文章を書きたい小説家やブロガーに愛用されているらしい。この「プロ用」という雰囲気にプロでない自分は弱く、当時特に小説もブログもやっていなかったのにポメラを衝動買いした。

 ■使わない

 当然ながら使い道がない。考えてもみてほしいが、ネットすらできないテキスト打ち専用マシンをテキスト打ちをしない人が買って何に使えというのか? 使い道が無いではないか!

 ではなぜ買ったのか? 深い理由はない。テキスト打ちしかできない端末というのが逆にイケてるんじゃないかと勘違いしたからだ。それに小説やブログは書いてなくても、ポメラを買えばきっと書き始めるだろう、外に持ち出してカフェや旅行先でも文章を書くようになるだろうと、冷静になって考えると絶対あり得ない空想を膨らませていた。

 ポメラは高い。定価で5万円以上する。意味が分からない。テキスト打ちしかできないくせに、ノートPCより高いというのはどういうことか? ターゲット層が全く分からない。一体どんなやつがこんなものを買うというのか。実際に自分で買って使ってみても全く利点が分からない。

 「いやおまえ使ってんじゃねーか」という突っ込みが来そうだから先に言っておく。確かに僕はポメラを使っている。それは否定しない。このブログに投稿している文章だってポメラで書いている。でもそれはポメラで書きたくて書いているわけではない。せっかく買ったのに、使わずにホコリをかぶらせておくのが勿体ないから、なんとかして使おうと思ってブログを書き始めたのだ。

 つまりこのブログはブログを通して伝えたいメッセージがあって……とかいう理由で始めたのではない。使っていない(使い道がない)ポメラをなんとかして生かそうと思って始めたのがこのブログである。外出するときにはリュックサックの中にポメラを入れて出かける。そしてファストフード店とか駅のベンチとかに腰掛けて、わざわざポメラで文章を書いているのだ。

 正直意味が分からない。自分でやっておきながら自分で何をやっているんだと思っている。ブログはPCで書きたい。PCで書いた方が絶対に便利だ。だってポメラで書いてみろ、ポメラで書く→(ネットにアクセスできないからすぐブログにUP出来ないという壁)→一旦PCにデータ転送→PC画面で手直し→画像やリンクなどが必要な場合は付け加える→ブログに投稿、という流れを踏むことになる。めんどくさすぎる。でも買った以上意地でもポメラを使いたいから我慢することにする。

 ■外出先でもポメラ

 そもそも僕は引きこもり気質だ。そしてPCやタブレットでやることは、動画サイトを見たり、漫画を読んだり、ネット小説を読んだり、まとめサイトやブログを見たりと、インプット・コンテンツ消費系である。そこへ新たに「外出+文章書き(アウトプット作業)」という今までと真逆のことができるだろうか。

 とりあえずやってはいるが、これ続くのかなぁと感じている。そのうちポメラは再び引き出しの肥やしに逆戻りなんじゃないかなと、、、

 まさかこんなに使い道が思いつかないとは思わなかった。ポメラ、君は一体何なんだ。たまに引っ張り出して使うたびに問いかける、おまえは何なんだと、PCでもタブレットでもスマホでもワープロでもない不思議な存在、時代に取り残されているような奇妙な存在、でもなぜかたまらなく愛おしい。

 ■ポメラは愛おしい

 この「テキスト打ちしか出来ない」「正直使い道が思いつかない」「そのくせ高すぎる」「なくても全く困らない」とネガティブなことばかり思いつくポメラだが、しかし手放す気にもなれない。なんとなくずっと打っていたくなるキーボード、意味もなく外に持ち出して使ってみたくなる(実際に使うかどうかはともかく)フォルム、そう、ポメラは便利不便や要不要で語るものではなく、自己満足や好奇心を満たすものだったのかもしれない。

 ポメラコスパや機能面で考えると限りなく悪い。それを承知の上で買い、愛用する人はポメラ愛用者という意味を込めて「ポメラニアン」と呼ばれる。マイオナ厨と言われてもかまわないが、僕はこれからもポメラを使い続けていきたい。

 ■まとめ
 
 あれこれ言ったけど、結局ポメラを使い続けていく。不便だ不要だと言いながらも使っていくと奇妙な愛着が芽生えてきた。今日ブログを書くのはもちろんポメラ。なぜならポメラもまた特別な存在だからです。

どうしてもやってみたかった愚かなこと

こんにちは。カイラギです。

 

それがこの上なく愚かなことだと分かっておきながら、でもやりたくてしょうがない、やらずにはいられないことってありますよね? 

 

■子供の好奇心

 

子供の時は好奇心の赴くまま、やりたいことをやりたいようにやって、それで成功したり失敗したりして学んでいったわけですが、大人になるとどうもそういう好奇心が無くなってきます。

 

例えば、雨上がりの道の水たまりに飛び込んでみたりとか、ファミレスのドリンクバーを全種類混ぜるとか、その結果は悲惨なものになることがわかりきっているにも関わらず、ただ「やったらどうなるんだろう?」という好奇心を満たすためだけの行為。そういうことを人は大人になると自然としなくなってしまうのではないでしょうか。

 

私が先日道を歩いていた時、私の前に子供が歩いていたのですが、その子はただ道を歩いてるだけでとても楽しそうでした(まるで東京ディズニーランドを歩いているんじゃないかってくらいのテンションの高さ)。きっと私も子供の頃はああだったのかもしれません。大人になると色々経験して、ただ道を歩く程度ではなんの感情も持たなくなってしまうのでしょう。

 

■フルーツティー作り

 

さて、ここでタイトルに戻りますが、私は昨日フルーツティーを作りました。

 

①麦茶などを入れるような2Lサイズの容器を用意します

②カットした、りんご、みかん、グレープフルーツ、パイナップルを入れます

③紅茶のティーパックを入れます

④水を入れます

⑤冷蔵庫で一晩寝かせます

 

上記の方法で作った。RIKACOみたい。(ちなみに私のは完全に自己流)

 

なぜこんなことをしたかというと、ただただやってみたかったから。単純に好奇心を満たすためだけの行為。

 

というもの先に書いた通り、今の自分には子供のような好奇心が不足していると思う。「何かバカなことをやろう!」と仕事中に急に思いつき、なんとなくこんなことをしてしまった。

 

どう考えたってフルーツはそのまま食べた方が美味いに決まっている。それをわざわざ水で薄めて飲もうなんて作る前から失敗することは目に見えている。ましてや素人考えで作るのだから、、、

 

しかし、そんな愚かなことをやってこそ、楽しいと言えるのではないか?(ただ給料日直後でテンションが上がっていただけかもしれない)

 

■まずい

 

いざ飲んでみるとやっぱりたいして美味くなかった。そのまま食べるのに比べて甘味は薄まっているし、なんかフルーツ独自の渋さ?青臭さ?が生きている。

 

「この一杯のフルーツティーを作るのにいくら使った?」それを考えると、自分は愚かなことをしたなぁという思いがふつふつとこみ上げてくる。

 

しかしそれは分かっていたこと。もともと愚かなことをしよう! と思ってやったことではないか。

 

今回学んだことは2つ。上記レシピでフルーツティーを作ると美味しくないこと。そしてどんな飲み物でもカルピスで割ると劇的に美味しくなることだ。

 

 

 

 

 

新しいパソコンが欲しい

12月にボーナスが出るんだけど、何か欲しいものはないかと思って色々考えた。

 

すると新しいPCが欲しくなった。

 

今使っているPCは2014年に買ったMacbookAirで、十分使えるんだけど性能があまり良くないから新しいのが欲しい。

 

Macを使っているのは、ただ使っているスマホiPhoneだからと言う理由で選んだわけだけど、今となってはiPadも揃えてしまって、このAppleの囲い込みから逃れられなくなっている。

 

Surfaceシリーズ(pro, book,laptop)もちょっと興味があるんだけど、iPhoneを使っている以上Macの方が便利なわけだし、今更Windowsに戻すものめんどくさい。

 

まぁPCでやっていることなんて動画を見たり(Youtube、AmazonVideo)、こんなブログを書いたりしかしていないからOSはなんでもいいんだけど、、、

 

新しいPCが欲しいって言うのも、それで何かしたいってわけじゃなくて、ただただ新製品が欲しいってだけだと思う。

 

Macbookを買ったらきっと外にもっと持ち出してブログを書いたりするんじゃないかなー」とか「MacbookPro15インチを買ったらきっと自宅でのPC作業がもっと捗るんじゃないかなー」とか思ってはいるんだけど、現状あまりはかどっていないことを見ると、きっと新しくPCを買ったところで、ただYoutube再生機になるだけだろう。

 

しかし、そうこう言ってはいても来月になったらボーナスが出るのだ。せっかく半年働いて得た賞与なのだから、貯金に回さず何か大きな買い物をしてもいいんじゃないだろうかという思いがある。

 

掃除機や炊飯器、服なんかを買うものいいんだけど、どうもそういうのは実用的すぎるというか、嗜好品?贅沢品?を買いたい。

 

iPadpro12インチも悪くない(どうせYoutube再生機なのだから)。キーボードをつければブログ程度の文章も書ける。

 

ボーナスの使い道を考えるだけで夜が更けていく、、、

LAMY Safari ボールペン グリーン

私のお気に入りのボールペンを紹介する。

 

LAMY Safariのグリーンです。

 

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ちなみに会社で使っている。

 

会社員が使っているボールペンと言えば、ジェットストリームフリクションの単色or4色ボールペンが多く、他には名も無き格安ボールペンだったり、逆に高級ブランドだったりする。

 

だいたいみんな同じようなボールペンを使っており、中に数人ブランド物だったり、万年筆ユーザが紛れていたりするのが現状だ。

 

私も以前は1本数百円程度のボールペンを使っていたのだが、ある時ふと「使っているペンで個性が出したい」と思い、色々なペンを使っていた。

 

1本1万円ほどするボールペンや、万年筆を使ってみたりと、色々試してみた結果、Safariに辿り着いたのだ。

 

Safariの良いところは、とにかく見た目が目立って個性的なところ。社内で周りを見渡してこんなボールペンを使っている人がいるだろうか? これだけでもう私の自己顕示欲は満たされてしまう。

 

緑のボディ、黒のノック部や口金、大きなクリップ、三角形のグリップ、どれを取っても素晴らしい! プラスチック製ながら安っぽさはなく、またあからさまな高級感もなく、パッと目を惹く鮮やかなグリーンの美しさ。

 

ちなみにLAMY純正インクは粘度が高く私の好みではないので、パイロットのアクロインキを代わりに入れている。

 

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パイロットのリフィルは長さが足りないので、長さ調整用の芯も入れている 

 

このLAMY Safari ボールペン、私がAmazonで買った時は2200円くらいだった。ボールペンのクオリティからしたら若干高い気がするが、得られる満足感はそれ以上(と思われる)。

 

皆様も何か一本お気に入りのペンを見つけてみてはいかがでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

僕がインターネットを辞められない理由

これはプレミアムフライデーだからと言って有給を使った日のこと。

(ちなみに弊社ではプレミアムフライデーは導入されていない)

 

外出したり、洗濯や掃除をする予定だったのに、その日は一日中大雨でやる気が出ず、結局一日中寝たり、ゲーム・ネットをやって過ごした。

 

それだからか、夜になると体がだるくて仕方なかった。目も疲れたし、体は痛いし、精神的にもなんだか辛い。なんというか……今日という日に全く満足していなかったんだろうな。

 

最近、というか今までの人生ずっとこんな感じだわ。特に携帯電話を持ってネットが自由に使えるようになってから、休日や平日の夜は意味もなくネットサーフィンしてるわ。

 

その度に「これじゃだめだ!」と思い、改善を意識するんだけど、結局は全く改善されることなく何年もこのままである。

 

何処かのタイミングで変わらねば!

今の、他人との交流を絶ってネットばかりしている生活から抜け出さなくては行けない!

(~せねばと言うと力強すぎるので、~したほうがいいかもしれない程度にしておこうか?)

 

まずはネット以外の娯楽を見つけよう!

 

しかしこの手の「新しい趣味を見つけて人生の充実度を上げよう!」みたいなことは今まで幾度となく思ってきたことで、結局あれこれやったあとネットに戻ってきてしまうんだよな。

 

色々考えてみるとやっぱりネットというのは非常に強い、強すぎる!

 

現にネットは世界を大きく変えてしまったほどの技術だし、ネット依存・SNS依存の人は数多くいる。ネットのデメリットが散々言われているにも関わらず、今も大勢の人がネットから脱却できないでいる!

 

一方でその他の趣味、読書、映画、スポーツ、旅行などは趣味をして楽しんでいる人の数は多いものの、「依存症」とまでいっている人はいるだろうか? おそらくそう多くはないだろう。

 

つまり「ネットを辞めて他の趣味を始める」というのは、実はメチャクチャ難しい!

 

ネットを辞めて他の趣味をするということは、すなわち人類が生み出した化け物テクノロジーであるインターネット以上に面白く、手軽で、ハマる、何かを見つけねばならないと言うことだ!

 

そう考えてみると、ネットを辞めるなんてことは不可能に思える。

 

「休日の過ごし方:ネット」から抜け出すということは、つまり「人類が築いてきた歴史」に立ち向かうということだ。なんと愚かなことか、風車に突撃したドンキホーテのように狂っている。

 

ネット依存は良くないが、完全にネットから離れるのも無理、それは現代社会に生き、俗世に関わっている人間故に……

 

■まとめ

ネットは控えめにね!

 

 

将来の夢から宇宙の広さまで

 今日は休日、文化の日

 

 だが昨日とて、明日とて、仕事がある。めんどくさくて楽しくない仕事だ。

 

 仕事について同期と話してみても、みんなそんな感じらしい。毎日のように残業して、やりたくもない、つまらない仕事をしているらしい。

 

 会社員やってるとそんなもんか、出世したら自力で仕事を面白くできたりするらしいけど、ホンマかいな?

 

 最近会社で研修があった。社員のモチベーションを上げ、今後の仕事における目標を明確にするための研修らしい。「○年後の目標」とかを言わされたけど、それが無性に胡散臭く感じたのは、どうも小学生へ「将来の夢」を聞いている感じなんだよな。

 

 つまり将来絶対に叶わないような大きな夢を掲げることを求められている。

 

 小学生の頃の将来の夢って、「プロスポーツ選手になる」とか「CAになる」とか、その子では絶対に叶わないような大きい夢を書けば書くほど褒められるものだ(なぜかユーチューバーは賛否両論あるが)。「まぁ!子供らしくていい!」とか言って。

 

 会社員になっても同じ。「その本人の夢」って言うより、「上司が納得する夢」を求められている感じ。

 

 現在私は所謂「若手社員」なのだが、この研修においても、「若手社員らしい」身の丈に合わないような大きな夢を無理やり持たされているような感じがした。

 

「社長になりたいとか、世界に通用する人になりたいとか、若手ならそれくらい言わないといけない!」とか中年社員は言うんだけど、うちの会社の構造上、プロパー社員から社長になることはありえないし(プロパーなら課長まで行けば御の字じゃないか?)、古い構造を保守して風通しが悪い会社からグローバルな人材が出るとも思えない。中年社員だって本心では自分の発言がありえないことだって分かっているはずだ。

 

 つまりあんな研修、本人のためじゃなくて、上司・先輩の暇つぶし……道楽だ。

 

 上が求める「若手らしさ」のツボを押さえられたものの勝利! そこに本人の本音や個性はいらない!

 

 将来の夢、仕事の目標なんて無意味! 愚か極まりない! 

 

 まぁしかし、そんなことを言ったところで、この地球上の人間が生きていることだって宇宙全体から見ればなんの意味もない。

 

 この広大な宇宙もなんであるかわからないし、もしかしたらこの世界は全てがなんの意味もないのかもしれない。

 

 となると自分が生きる理由なんて「楽しいことしたい」「幸せになりたい!」くらいでいいのかもしれない。

 

「自分が生きる理由は、人を幸せにするため!」とか言う人もいるけど、その人が幸せかどうかはその人自身が決めることであって、それを他人がどうこうしようというのは傲慢である。自分は自分が幸せになることだけを考えて生きればいいのだ。